糖尿病と悪性腫瘍のリスク: 疫学的エビデンスのレビュー

Cancer Science cover日本癌学会の公式英文誌であるCancer Scienceより、糖尿病と悪性腫瘍のリスクについて疫学的エビデンスから捉えた総説が出版されました。筆頭著者である、九州大学の志方健太郎先生により総説のご紹介をいただきましたので、是非全文と供にご一読ください。

当総説は全文に無料でアクセス頂けます
 ⇒Diabetes mellitus and cancer risk: Review of the epidemiological evidence

Kentaro Shikata, Toshiharu Ninomiya, Yutaka Kiyohara

***************************************
九州大学大学院医学研究院環境医学分野 志方健太郎先生によるご紹介

 糖尿病と悪性腫瘍の罹患率はともに全世界で急速に増加している。両疾患の発症には多くの遺伝的要因、環境要因が関わっているが、近年糖尿病が悪性腫瘍のリスク上昇に関与するという疫学研究の報告が認められるようになった。現在、全世界で3億6600万人が糖尿病に罹患しており、今後その数はさらに増加することが予測されている。したがって、仮に糖尿病が悪性腫瘍のリスク増加に与える影響(ハザード比)が小さくても、集団全体として考えるとその影響は決して小さくないといえよう。糖尿病と悪性腫瘍のリスクとの関連を明らかにすることは、両疾患の予防や治療のためにも重要な課題と考えられる。

 ヨーロッパの17のコホート研究を統合したDiabetes Epidemiology: Collaborative Analysis of Diagnostic Criteria in Europe (DECODE)研究(対象者44,655名)では、癌死亡のリスクが正常耐糖能群に比べ糖尿病前症(prediabetes)群で1.12倍、新規糖尿病群で1.28倍、既知糖尿病群で1.57倍有意に上昇していた。福岡県久山町の地域住民2,476名を14年間追跡した本邦のコホート研究では、癌死亡のリスクは正常耐糖能群に比べimpaired fasting glycemia(IFG)群およびimpaired glucose tolerance(IGT)群ではともに1.5倍、糖尿病群では2.1倍有意に高かった。全世界の97のコホート研究を統合し糖尿病と全悪性腫瘍との関係についてメタ解析をおこなったThe Emerging Risk Factor Collaboration(対象者 820,900名)では、全悪性腫瘍死亡に対する糖尿病のハザード比は1.27で有意に上昇していた。この様に糖尿病が全悪性腫瘍の有意な危険因子になることが多くの疫学研究で示されている。これまで報告された糖尿病と部位別癌との関係を検討した疫学研究のメタ解析によれば、糖尿病は肝癌、胆道系癌、膵癌、胃癌、大腸直腸癌、腎癌、膀胱癌、乳癌、子宮内膜癌の有意な危険因子であった。一方、糖尿病患者では前立腺癌のリスクが減少することがメタ解析で示されている。肥満や糖尿病の男性では、血中テストステロンレベルが低下していることがその一因と考えられている。

 糖尿病は大きく分けて、内因性インスリンが絶対的に欠乏する1型糖尿病と高血糖と高インスリン血症が長期間併存する2型糖尿病に分けられる。成人における糖尿病のほとんどが2型糖尿病であることから、糖尿病と悪性腫瘍の関連を検討したこれまでの多くの疫学研究の知見は2型糖尿病に関するものといえる。一方、1型糖尿病についてこの問題を検討した疫学研究は少なく、1型糖尿病は全悪性腫瘍、胃癌、子宮頸癌、子宮内膜癌、膵癌のリスクを上昇させることが報告されている。しかし、これらの研究では糖尿病の病型診断の精度が必ずしも高くないことから、1型糖尿病と悪性腫瘍の関係についての結論はいまだ出ていないといえよう。

 糖尿病と悪性腫瘍の関係についての疫学的知見には、選択バイアスや出版バイアスなどの様々なバイアスや、肥満や非活動などの交絡因子が影響している可能性がある。疫学的な視点からみると、糖尿病が悪性腫瘍のリスクを上昇させることは間違いない事実であるが、その因果関係を実証するためには、さらに基礎的研究により両者の関係の機序を明らかにし、介入試験によってその関係を検証する必要がある。

 糖尿病と悪性腫瘍の関連を説明する生物学的機序については結論が得られていないが、いくつかの仮説が提唱されている。多くの悪性腫瘍に共通した機序として、高インスリン血症、高血糖、炎症(炎症性サイトカイン)などの関与が注目されているが、部位別にみた悪性腫瘍にはそれぞれ特異的な機序が存在すると考えられている。
疫学的エビデンスは、糖尿病患者は前立腺癌を除く多くの悪性腫瘍の高リスク者であることを物語っている。糖尿病患者の悪性腫瘍に対してより合理的な予防・治療方法を構築するうえで、さらなる研究が求められている。

No related posts.

カテゴリー: 生活習慣病, 糖尿病・内分泌・代謝, 腫瘍学   タグ:   この投稿のパーマリンク

コメントは受け付けていません。