アルツハイマー病の病態修飾治療 課題と希望

Neurology-and-Clinical-Neuroscience-cover先般当ブログで創刊をご案内しました、日本神経学会の公式英文誌 Neurology and Clinical Neuroscienceから、アルツハイマー病の病態修飾治療の課題と希望について総説が出版されました。本誌のManaging Editorでもあり、本総説の筆頭著者の東京大学医学部附属病院神経内科の岩田淳先生により下記ご紹介いただきましたので、是非本文と共にご一読ください。

当総説は全文に無料でアクセス頂けます
Disease-modifying therapy for Alzheimer’s disease: Challenges and hopes
Atsushi Iwata and Takeshi Iwatsubo

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東京大学の岩田淳先生によるご紹介

 分子病態をターゲットにした治療は癌を初めとした様々な疾患においてその根本に介入する治療方法として注目されている.神経変性疾患についても長らく不明であった分子病態が解明されるにつれ,難攻不落と思われた根本病態の理解が進み,病態修飾を可能にする治療法開発に光明が差し始めている.その中での患者数が多く,分子病態の理解が進んでいるアルツハイマー病(AD)では多くの薬剤が開発されている.

 しかしながら,数多くの製薬会社がその開発にしのぎを削り,多くの臨床試験を行ってきたものの,有効性を示すことのできた薬剤は未だ存在しない.このreviewではその理由として以下の4つの原因を想定し,今後の解決策について解説している.

  1. ADを自然発症するマウスは存在しないため,モデルマウスは遺伝子導入マウスであり,アミロイドカスケード仮説に沿って作成されている.そして現在開発されている多くの病態修飾薬はアミロイドβ(Aβ)に対するものである.今までの様々な知見からAβの蓄積がAD発症に密接に関与している事は恐らく確かであるが,それでも臨床試験が行われてきた薬剤が正しい標的へと向いているかどうかは常に検証すべきである.
  2. ADの診断は従来NINCDS-ADRDA基準で行われてきた.この基準ではレビー小体型認知症,前頭側頭葉萎縮症などのAD以外の認知症の混入が避けられないため、分子標的薬の効果が元々ない症例が存在していた可能性がある.
  3. 例え標的が正しくても,その効果の評価方法に問題がある可能性がある.AD治療薬の有効性を示すために必要な事は『認知機能の改善』であるが,いかに優秀なサイコメトリーのバッテリーでも体調や検者によるばらつきが多いため,統計学的有意差を持った有効性を見いだすために必要な被験者数は膨大となる.
  4. ADの自然経過を追うことでAβ蓄積は認知症発症の15年近く以前より生じている事が判明してきた.現在臨床試験が行われてきたAβ標的薬は認知症を発症してしまった段階では既に遅きに失している可能性がある.これは,心筋梗塞を発症してICUに入室した患者に対して禁煙を勧めたり,スタチンを投与したりすることと同等であろう.

 これらの問題点を解決するために,体液や画像バイオマーカーを導入したADの新規診断基準の策定や認知機能に替わる評価基準としての『サロゲートマーカー』の開発が精力的に行われている.これらを実現するに当たり,脳の容積MRI,脳脊髄液のバイオマーカー測定,遺伝子サンプルの採取,そして認知機能検査を大規模に行う前向きコホートが各国で行われている.

 また,ADの発症を認知症発症時点ではなく,軽度認知障害の発症やさらにはAβの蓄積開始時点にさかのぼって規定することで病態修飾薬による介入を早めるような動きも今後盛んとなるだろう.

 具体的な内容はreview本稿を参照されたい.

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