日本神経免疫学会の英文誌Clinical and Experimental Neuroimmunologyの2014年初号(第5巻1号)が出版されました。当号は多発性硬化症の再発を抑える経口薬、フィンゴリモドの国内外の臨床現場での使用経験、及び中枢神経への作用を解説した総説を5編掲載しています。全ての論文にどなたでも無料でアクセス頂けますので、この機会に是非ご覧ください。
Chief Editorsの一人である吉良潤一先生(九州大学大学院医学研究院 脳研 神経内科学 教授)から当号のご紹介頂きましたので本文と併せてご一読ください。
無料公開中
⇒Clinical and Experimental Neuroimmunology 第5巻1号
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画期的な新薬の登場に立ち会って思う
近年の医学・医療の進歩はめざましいものがありますが、神経難病の領域では画期的な新薬の登場に立ち会うことは、むしろ数少ない機会といえます。多発性硬化症は若年成人を侵す代表的な国指定の難病です。14年前にインターフェロンベータが多発性硬化症の再発防止薬として上市されたときは、隔世の感がありました。ただ、インターフェロンベータは注射薬であったため、患者さんの負担感は少なくありませんでした。その点を克服した経口薬フィンゴリモドの登場により、今まさに多発性硬化症の治療は大きく変貌しようとしています。多発性硬化症という難病の再発を70~80%ほども抑える経口薬の登場は、久々のepoch-makingな出来事です。このフィンゴリモドは、元々は日本で開発されただけに、私たち日本人にとっては喜びもひとしおです。
Clinical and Experimental Neuroimmunology (CENI) の5巻1号では、このフィンゴリモドの特集を組みました。
第1世代のdisease-modifying drug (DMD)であるインターフェロンベータの作用は多様で、どのポイントで多発性硬化症に有効なのかが決め難い面がありました。一方、第2世代DMDであるフィンゴリモドはcentral memory T cellがリンパ節から移出するところをブロックするとか、ナタリズマブはTリンパ球が脳の血管内皮に接着するところをブロックするとか、ピンポイントに作用するのが大きな特徴です。第2世代の多発性硬化症に有効なDMDの作用機転から、本症の病態に重要なステップが明らかになってきつつあります。
多発性硬化症の有望なDMDの開発は、陸続として行われています。それにもかかわらず、この病気の真のメカニズムは不明のままです。果たして自己免疫疾患なのかという点さえ、確たる証左はないのです。というのは、DMDで再発は十分に抑えられることがわかってきましたが、障害の進行が抑制され得るのかは、なお不明と言わざるを得ないからです。近年、多発性硬化症では障害の進行には脳萎縮が密接に関連しており、中枢神経の神経細胞・軸索の脱落が最も寄与しているとの成績が蓄積されてきています。神経細胞の存在する脳皮質においては、多発性硬化症ではリンパ球浸潤は極めて乏しく、ミクログリアの活性化が主体となっています。多発性硬化症の病巣へのリンパ球浸潤は二次的なものに過ぎないとする説を唱える研究者すらいます。その一方で、近年のgenome-wide association studyで見いだされた多発性硬化症のリスク遺伝子は、ことごとく免疫関連分子なのです。果たして多発性硬化症は自己免疫疾患で二次的に神経組織が脱落するだけなのでしょうか、それとも真の原因は中枢神経の中にあって二次的に自己免疫現象が生じているだけなのでしょうか。今なお、この謎は解明されていないのです。
フィンゴリモドは、自己免疫に関与するcentral memory T cellをリンパ節に留める作用が主と考えられていますが、実際には血液脳関門を越えて中枢神経ではアストロサイトにも作用します。フィンゴリモドは他のDMDとは違って投与1年目から脳萎縮の進行防止作用が明らかといわれています。それにはこの薬の中枢神経への直接作用が関係しているのかもしれません。CENIの5巻1号の特集では、国内外のフィンゴリモドの臨床現場での使用経験のみならず、同薬の中枢神経への作用も解説されています。このためとても興味深い特集号となりました。すばらしい総説をお寄せくださった著者の方々には、本号の責任editorとして心から感謝申し上げたいと思います。
数少ない画期的な新薬の登場に居合わせた喜びをかみしめつつ、多発性硬化症の病態究明をめざしたいとの決意を新たにする次第です。
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