アジア糖尿病学会(AASD – アジア17ヵ国20団体が参加) の英文機関誌 Journal of Diabetes Investigation から、近年研究が進んでいる糖尿病患者における認知障害に関する総説が出版されました。筆頭著者である、中部ろうさい病院の河村孝彦先生により下記ご紹介いただきましたので、是非ご一読ください。
当総説は全文に無料でアクセス頂けます
Cognitive impairment in diabetic patients: Can diabetic control prevent cognitive decline?
Takahiko Kawamura, Toshitaka Umemura, Nigishi Hotta
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中部ろうさい病院 河村孝彦先生によるご紹介
糖尿病者は非糖尿病者に比べ認知症の頻度が2~3倍高いとされている。ライフスタイルの急激な変化による糖尿病患者の増加と医療技術の進歩による寿命の延長から高齢糖尿病患者は増加しており、加齢と糖尿病が相俟って引き起こす認知症は重要な問題とされる。
このレビューでは糖尿病患者の認知機能障害について糖尿病の病態からみたアプローチが行われている。特に特徴的なのは副題にもあるように血糖コントロールが認知機能の低下を防ぐことができるかという点である。最近出された3つの大規模縦断研究―1型糖尿病を対象としたDCCT/EDIC(Diabetes Control and Complication Trial (DCCT)and Epidemiology of Diabetes Interventions and Complications (EDIC))、2型糖尿病を対象としたACCORD-MIND(Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes-Memory in Diabetes)やARIC(Atherosclerosis Risk in Communities)を主に取り上げ、この問題を考察している。これらの試験結果からはHbA1cレベルの上昇とともに認知機能、中でも前頭葉機能が低下し、この低下を防ぐには良好な血糖コントロール、その他の研究報告を併せ考えるとHbA1c(NGSP値)を7%未満にすることが示唆された。ただし、ADL(activity of daily living)の低下した高齢患者では安全性を考えてコントロールを緩めに例えばHbA1cで8%位を目標にするのが妥当のようである。さらに、血糖のコントロールはHisayama studyの結果から食後の過血糖にも注意が必要とされる。
また、インスリンは認知機能の障害、特にアルツハイマー病の発症に深く関連することが報告されている。インスリンは血液脳関門を通って脳内に入り記憶や学習といった重要な機能を担っているため、その不足は認知機能の低下を招くことになる。最近のHisayama studyでは糖尿病患者の認知症リスクとしては過去に比べ脳血管性認知症よりアルツハイマー型認知症が多いことが報告されている。この原因としては肥満の増加とそれによる高インスリン血症やインスリン抵抗性が関与していると考えられている。糖尿病に限らず脳内のインスリン抵抗性によるインスリン伝達シグナルの低下がアルツハイマー病発症の原因であるという最近の報告もある。このような機序がさらに解明されば将来の有効な治療法の開発にもつながる可能性がある。
また、従来から低血糖による認知機能障害は議論の多い問題であった。しかし、最近の大規模コホート研究から低血糖が認知機能障害のリスクであることが示されており、特に高齢者では脳の器質的障害も生じやすく治療にあたっては低血糖を避けるよう十分な注意が必要とされる。糖尿病性細小血管合併症に関しては、特に腎症や網膜症が認知機能障害と関連することが報告されている。一方、近年のMR機器の普及によって無症候性脳梗塞、白質病変、微小出血など脳小血管病変がしばしば発見されるが、これらはいずれもが認知機能の低下に関連することが報告されている。また糖尿病は脳小血管病変にも深く関係し、アルツハイマー病の特徴とされる脳萎縮に加えて脳血管性因子の影響がその病態をより複雑なものにしている。その他、糖尿病者における遺伝因子(アポリポタンパクEε4アレル)の存在、高血圧、脂質異常症、うつなどの合併は認知機能障害をより増悪させる因子でもある。
以上、糖尿病患者の認知機能には多くの因子が関連するため認知症の発症を予防するには種々のリスクのコントロールとともに、早期に発見、治療が重要とされる。本レビューが臨床医にとって複雑な糖尿病と認知症との関係を理解する糸口となり、今後の臨床や研究の参考になれば幸いである。
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