査読で悩む人は必読! 化学ジャーナル編集長が教える「論文査読・12のポイント」

昨年当ブログで、The Chemical Record誌のManaging Editorを務める Dr. Brian Johnson @chemistrybrian からの寄稿 ジャーナル編集長が教える「論文投稿・10のポイント」第1回第2回最終回 を掲載したところ、大変な好評をいただきました。それに続く第2弾企画として、今回は視点を変えて「査読者」に役立つポイントを彼にまとめてもらいました。

ジャーナルの出版は、いうまでもなく研究者の方々による査読(ピアレビュー)なしには成り立ちません。日ごろ貴重な時間を割いて査読にご協力いただいている皆さまに、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

そのように重要な査読ですが、具体的なやり方については、論文の執筆に比べると細かな指導を受ける機会が少なく、自己流に頼っている方が多いのではないでしょうか。査読を始めて間もない若手研究者はもちろん、経験豊富な研究者の方でも「こういう場合どうしたらいいの?」と迷う場面に出会うことは珍しくないと思います。

今回の寄稿は、編集者としての経験に基づき、査読者が疑問に思いやすいポイントに答える実践的なアドバイスになっています。特に若手研究者の方や、査読について腑に落ちない点のある方にはご一読をお勧めします。

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Dr. Brian Johnson (Managing Editor of The Chemical Record)

ピアレビューの歴史は300年以上に及び、何世代にもわたる進化を経て、現在のようにウェブベースのシステムを使うに至りました。このピアレビューのプロセスは、通常”refereeing”(査読)と呼ばれますが、科学コミュニティには、ピアレビューのことをrefereeing(「審判」の意味もある)と呼ぶことに断固反対する純粋主義者が少なくありません。科学出版はスポーツではなく、論文の審査も、コンマ1秒を計ったり笛を吹いたりイエローカードを出したりするスポーツの審判とはわけが違うからというのです。

それを何と呼ぶかはともかく、査読は信頼とプロフェッショナリズムに基づき、絶えず増え続ける論文を研究者仲間が迅速に評価するための複雑なシステムです。その一方で、査読の過程は一見シンプルです。論文の原稿は外部の専門家に査読依頼メールとともに送られ、その評価に基づいて直ちに編集上の決定が下されるというだけです。しかし、実際に経験した人なら分かる通り、査読には微妙な点や特殊な例が数多く含まれます。例えば査読者が受け取る論文原稿は、膨大な量のデータと引用文献を基にしているだけでなく、査読者自身がよく知っている人々によって書かれていることが珍しくありません。本稿では、編集者の視点から、査読者が直面しがちないくつかの問題点について述べたいと思います。

1. 査読依頼を断りたいときは

査読依頼を受けたら、引き受けるかどうかの返事が必要です。これは単にエチケットの問題ではなく、多くのジャーナルが採用する倫理規定の一部となっています。一部の論文投稿システムでは、査読依頼メールに「査読を引き受ける/断る」を返事するためのリンクを付けていますが、そうでなければメールでの簡単な返事が必要です。もし、論文が自分の専門分野と異なったり、あるいは多忙といった理由で査読依頼を断らざるを得ない場合は、速やかに断りを入れて下さい、その方が多くの関係者にとって時間の節約になり、特に著者の利益となります。もし査読依頼を受けた人が返事をしないまま論文原稿を手元に留めていると、著者は採否の決定を迅速に得ることができません。査読依頼に対しては、素早くシンプルな返事を送ることで、システム全体がうまく回るようになります。

2. 忙しい時、誰かに代理で査読してもらうのはOK?

あなたが査読依頼を受け取ったということは、あなたが編集者から、その論文を公平に評価するのに十分な知識と力量の持ち主と見込まれたということです。もし依頼された査読を同僚や研究室の学生に代理で任せたいのであれば、その人が査読を正しくこなせるだけの経験を持っているかどうか熟慮する必要があります。査読を代理してもらう際に編集部の許可が必要かどうかは、ジャーナルによってポリシーが異なりますが(ポリシーが査読依頼メールに明記されている場合もあります)、最低限、編集者に連絡するべきです。編集者への通知なしに代理の査読者に任せることは、不正直であり多くの場合ジャーナルの倫理規定に違反します。別のやり方としては、査読依頼を断り、その際に「代わりの査読者にはこの人が適任」と推薦して、編集者からその人に直接依頼してもらうこともできます。自分の研究室の若手研究者に査読のプロセスを直接経験させたいときは、この方法が特に有効です。

3. 「君の論文、僕が査読してるよ」と著者本人に言ってもいい?

査読を依頼された論文の著者がたまたま親しい友人だった場合などに、自分が査読していることを著者に教えていいかという質問を受けることがあります。厳密に言えば、自分が査読者であるという情報を漏らすことは、守秘義務違反になります。より大きな問題としては、著者が(意図的か否かにかかわらず)査読者に働きかけて、評価に手心を加えてもらおうとする可能性が生じるので、著者に教えるのは避けるべきです。一方、ほとんどのジャーナルでは、査読レポートの中で査読者自身が名前を明かして、査読結果を受け取った著者に分かるようにすることは問題ないとされています。それ以外の場合は、査読者の匿名性は完全に守られます。

4. 雑誌のレベルを考慮せよ

査読者が最低限チェックしなくてはならないのは、論文内容の正しさです。すなわち、根拠のある前提に基づいているか、適切な仮説を立てているか、結論がデータに裏付けられているかなどのポイントです。それに加えて、多くのジャーナルでは、論文がそのジャーナルにフィットしているかどうかについての主観的な評価も査読者に求めます。その評価というのは、ジャーナルの水準やターゲット読者(特定の専門分野についての限られた読者か、幅広く多岐にわたる読者か)に関わるものです。また近年、多くの化学誌では、投稿される論文が多すぎてそのごく一部しかアクセプトできなくなっています。そのような場合、編集者は査読依頼時に「上位xx%の論文しかアクセプトしない」または「現在のリジェクト率はxx%」のように明記することがあります。こういった情報は、歴史が新しいジャーナルやこれまで関わりのなかったジャーナルのために査読をする際に、特に役立つ指針となるでしょう。

5. 原稿の内容を高める

査読は編集者が論文の採否を判断する助けになるだけでなく、論文の質を高めるという重要な目的にも役立ちます。たとえ論文が最終的にリジェクトされるとしても、査読と採否判断の過程で内容が改善されるべきです。従って、査読において最も有益なコメントというのは、最初に不明瞭な主張や論理の欠陥を指摘したうえで、論文が伝えるべき発見内容がよりうまく伝わるよう、建設的な改善方法を提案するようなものです。

6. 一行だけのコメントは避けよ

査読者は、自分の判断の根拠をきちんと説明すべきです。しかし、実際の査読レポートでは、「この論文は良くない。リジェクト」のようなごく短いコメントしか書かれていないものをしばしば目にします。このようなコメントは、はたして有用でしょうか? 言い換えれば、著者はこのようなコメントを基に論文を改善することができるでしょうか? この点について研究者と話すとき、私は「自分の論文に対して、このように根拠が示されないコメントを査読者から受け取ったとしたらどう思いますか?」と尋ねるのが常です。また一行コメントは、「いい論文なので、このまま出版すべき」のように肯定的なものであっても不十分で、「この論文のどこがいいのか」といった補足説明を必要とします。

7. 内容以前に、英語がひどすぎる論文

残念ながら、投稿される論文のすべてがうまく書かれているわけではありません。もし、査読を依頼された論文の英語表現がひどすぎて内容が理解できず、論文の科学的な価値が評価できないという場合はどうしたらいいでしょうか? もし論文が全く理解不可能であれば、査読者はそれを理由にリジェクトを提案するより仕方ないでしょう。しかし、少なくとも論文が言わんとするメッセージだけでも伝わるなら、どういった改善が必要か著者に示唆を試みて下さい。表現の改善を必要とする、特定の箇所はありますか? 英文校正を受けてから同じジャーナルに投稿するのは意味がありますか? その場合、あなたはもう一度査読者を務めてもいいと思いますか?

8. 引用文献は、ここをチェック

査読者には、論文でreferenceとして挙げられたすべての引用文献を、詳細まで熟知することは求められていません。しかし、論文が挙げる引用文献は、読者に役立つバランスの取れたものであり、競争関係にある研究者に対してフェアなものであり、先行する発見や関連する研究を適切に含むものでなくてはなりません。査読者は、たとえ引用文献をひとつずつチェックしないまでも、こういった条件が満たされているかどうか評価する能力が求められます。また、自己引用(self-citation)にも注意すべきです。もし著者の挙げる引用文献が自著論文に偏重しているようであれば、著者が他の研究者の論文に十分なクレジットを与えていないか、あるいはその論文の主題が他の研究者から関心を持たれておらず、今回の論文も十分な読者を得られないという可能性が考えられます。

9. 利益の相反

論文の著者が自分の親友であったり、逆に研究上のライバルだという場合はどうしたらいいでしょうか? 査読者が論文の著者をよく知っているのは、同じ領域の研究者として同じ研究者コミュニティに属している以上ごく当たり前のことで、親友やライバルであることも珍しくありません。基本的に、著者が友人であれライバルであれ、査読者は論文に対してフェアな評価ができるはずですが、もし重大な利益の相反(conflict of interest)があるようであれば、編集者に告知すべきです。もし利益の相反が論文の評価に、ポジティブ・ネガティブを問わず顕著なバイアスをもたらすのであれば、査読依頼を断るべきです。編集者は、たとえ別の査読者を探す必要が生じたとしても、利益相反を正直に告知してくれたことに感謝するでしょう。

10. 人格批判はダメ

多くの国際的な化学ジャーナルでは、査読者からは著者が誰か分かる「シングル・ブラインド」方式で査読が行われます。シングル・ブラインド方式は、いくつかの実用的な理由から、最も一般的な査読方法となっています。査読者には、論文を誰が書いたかではなく、論文の内容そのものによって判断を下すことが強く求められています。編集者は、明確な人格批判が含まれる査読レポートを不採用とすることがあります。また著者は、中立的な立場から科学的内容に基づいて書かれた査読レポートであれば、そこで示された意見を前向きに受け止めるものです。

11. 論文の一部が剽窃に思えるが、確実な証拠がないときは

査読中に剽窃(自己剽窃を含む)の疑いを持ったが、どの論文からの剽窃なのか特定できない場合は、たとえ確信がなくても、編集者にその旨知らせて下さい。多くの編集者は、具体的な疑いがあれば、剽窃の有無をチェックするためのソフトウェアを使います。編集者は、剽窃を見つけようと常に躍起になっている訳ではありませんが、査読の過程で剽窃が見つかったら、論文の出版前に適切に対処します。万一、剽窃が出版後に発見されたとしたら、論文の撤回が必要になるなど、著者・読者の双方にとって大きな不利益となってしまいます。

12. 情報不足の時は遠慮なく編集者に要求を

査読中に、論文を正しく評価するのに必要な情報が欠けていると感じる場合があるかもしれません。例えば結晶構造のCIFファイルがない、生成物についての著者の解釈の当否を確かめるためのNMRスペクトルがない、また著者が引用している文献へのアクセス権がないのでコピーを入手したい、といった場合です。査読をスムーズに進行させることは編集者の仕事ですから、不足している情報があれば遠慮なく要求して下さい。そのような場合、編集者は著者から必要な情報を取り寄せますが、著者は迅速に対応してくれるのが普通です。また、査読者がそのようなリクエストをすることによって、著者がSupporting Informationを充実させるなど、論文の改善に役立つかもしれません。

以上は、ひとりの編集者による個人的なアドバイスであって、各ジャーナルがより詳細な倫理規定(ガイドライン)を設けている場合はそちらに従って下さい。Angewandte Chemie International Edition, Chemistry-An Asian Journal, The Chemical Recordのような主要化学誌や、各国化学会の地域連合体である ChemPubSoc Europe (CPSE) および the Asian Chemical Editorial Society (ACES) が発行するすべてのジャーナルは、the European Association of Chemical and Molecular Sciences (EuCheMS)によるガイドラインを採用しています。EuCheMSのガイドラインは ここの出版リストに含まれています。

Dr. Brian Johnson
Managing Editor, The Chemical Record
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