1930年代にナチスの調査隊によってチベットで発見され、その後個人のコレクションとなっていた鉄の仏像”the iron man”を独・オーストリアの研究グループが分析したところ、1万5千年前に落ちた「チンガー隕石」の破片から作られたものと判明、各国のメディアが取り上げ話題になっています。
高さ約24cm、重さ約10kgで、腹部に卍の印が付いたこの仏像は、1938年にチベットで、ナチスの派遣による調査隊に参加していた科学者Ernst Schaferが発見したものでした。当時、ナチス親衛隊(SS)のヒムラー長官は「アーリア人の起源はチベットにある」との信念に取りつかれ、その証拠品を見つけることに躍起となっていました。仏像の卍の模様が、ナチスのシンボルである鉤十字(ハーケンクロイツ)と似ていることから調査隊の興味を引いたものと想像されます。
この仏像は、ドイツに持ち帰られたのち長年個人の所蔵品となり、外部の目に触れることはほとんどありませんでした。独シュツットガルト大学のElmar Buchner博士らの研究グループによる本格的な研究が始まったのは2007年のことで、さらに2009年になって仏像が同グループの一員の所有に移ってからは研究が加速しました。Buchner博士は、仏像を初めて目にしたときに、表面の金属が溶けた模様から隕石の一部と直感したそうです。その後の詳細な成分分析の結果、約1万5千年前に現在のロシアとモンゴルの国境付近に落下したチンガー隕石と成分が完全に一致することが分かりました。鉄を中心として、ニッケル・コバルトが多く含まれています。
仏像が彫られた時期は明らかになっていませんが、研究グループはその特徴から、チベットの民族宗教ボン教の影響下で11世紀に作られたものと考えています。それが事実なら、チンガー隕石が発見された1913年より遥か前に、その破片が使われていたことになります。世界各地で、隕石に宗教的な意味を込めて、美術品などに加工して崇拝する文化が見られますが、ここまで大きな彫像として使われることは極めて稀だそうです。
同グループの分析結果は、Wiley-Blackwellが発行する隕石・惑星科学の専門誌Meteoritics & Planetary Scienceでこのほど報告され、現在下のリンク先で無料公開されています。
⇒ BUCHNER, E. , SCHMIEDER, M., KURAT, G., BRANDSTÄTTER, F., KRAMAR, U., NTAFLOS, T. and KRÖCHERT, J. (2012), Buddha from space—An ancient object of art made of a Chinga iron meteorite fragment. Meteoritics & Planetary Science, 47: 1491–1501. doi: 10.1111/j.1945-5100.2012.01409.x (無料公開)