Advanced Synthesis and Catalysis誌の編集委員長を務める野依 良治理化学研究所理事長が、同誌のエディターJoe P. Richmondとの共著で、化学における研究・出版上の倫理行動について論説を寄稿、このほど同誌で公開されました。(現在無料公開中)
⇒ Noyori, R. and Richmond, J. P. (2013), Ethical Conduct in Chemical Research and Publishing. Adv. Synth. Catal., 355: 3–9. doi: 10.1002/adsc.201201128
医学・生命科学の分野で撤回された論文のうち、ミスによる誤りを理由とするものは21.3%に過ぎず、43.4%が詐欺的行為(fraud)によるものだったという調査結果が昨年明らかにされましたが、野依理事長らは、こういった不正行為の問題を他人事ととらえてはならず、化学の分野でも深刻な問題として対処すべきと注意を促します。その上で、若手研究者に研究・出版倫理を正しく理解させるには、研究室の管理・監督者と各学科が倫理教育を行うとともに、自ら模範を示していく必要があるとします。
また、高インパクトのジャーナルに論文を何報載せたかが過度に評価されることが不正を生む誘因となっているとして、研究者の評価においては論文の被引用数や掲載誌のインパクトファクターに過度に依存せず、研究の質と創造性を重視すべきとします。
研究・出版における不正行為には、明白なデータねつ造だけでなく、別の実験で得たスペクトルデータを偽って載せる、反応収率を過大に表現するなど細かいものもあります。また、論文の剽窃(plagiarism)にもさまざまな形態があり、参考にした文献を故意に引用しない、他の著者の論文から表現の一部を借りながら自分のものとして発表するなども含まれます。特に後者は、論文のintroductionで化合物や反応の重要性を述べるなど誰が書いても似たような内容になるときに起こりやすく、また英語を母国語としない研究者が他の著者のうまい表現を借りたくなる気持ちは分かるが、あくまで許されることではないと指摘します。
著者らの結論は、すべての科学者は、不正行為が科学に対する裏切りだということを肝に銘じるべきであると同時に、煩雑な規則や手続きで科学者を縛るのではなく、お互いへの信頼に基づいて研究に打ち込める環境をめざすことが重要というものです。多くの研究者・学生にとって参考になる論説と思いますので、ぜひご一読をお勧めします。