日本海沿岸に深刻な被害を与えた1997年のナホトカ号重油流出事故の際に、海岸に漂着した重油を地元住民やボランティアが柄杓で回収していた映像が記憶に残る方も多いと思います。このような事故時に油を吸着して分離回収できる物質は、古くからさまざまに研究されていますが、熱に弱かったり、合成法が複雑、高価な試薬や装置を要するなどいずれも実用化に難があり、決定的な物質は見つかっていません。
このほど中西和樹 京都大学理学研究科准教授、金森主祥 同大学助教、早瀬元 同大学院生(博士後期課程)らの研究グループは、マシュマロのように白く柔軟で、水と油の混合物から油だけを吸着することのできる新しい多孔性物質「マシュマロゲル」(右の写真)の開発に成功し、その成果をAngewandte Chemie International Editionで報告しました。⇒ Hayase, G., Kanamori, K., Fukuchi, M., Kaji, H. and Nakanishi, K. (2013), Facile Synthesis of Marshmallow-like Macroporous Gels Usable under Harsh Conditions for the Separation of Oil and Water . Angew. Chem. Int. Ed.. doi: 10.1002/anie.201207969 (本文を読むにはアクセス権が必要です)
ケイ素アルコキシドを前駆体とするこの物質の大きな特徴は、水を寄せ付けない超撥水性を持つ一方で、有機物(油)に対しては高い親和性を示すことにあります。スポンジなら、水を吸い込むのは当たり前ですね。ところがマシュマロゲルは、有機溶媒であるヘキサンを水と混ぜた液体に浸すと、水を無視してヘキサンだけを吸い込みます。吸い込んだヘキサンを外で絞り出すことを繰り返せば、水とヘキサンを完全に分離することができます。(動画 ⇒ Supporting Information movies2) この効果はヘキサン以外の有機物でも確認でき、マシュマロゲルが水と油の素早い分離に有効と分かりました。
それに加えてマシュマロゲルの優れた点は、300度以上の高温から-130度の低温まで、幅広い温度域で物性が変化せず柔軟性を保つことです。その柔軟性は、何と-196度の液体窒素に浸しても保たれます。液体窒素で凍らせたバラの花が粉々に砕けたり、バナナがカチカチに凍って釘が打てるといったテレビでおなじみの実験がありますが、マシュマロゲルはそのような超低温下でも、スポンジが水を吸うのと同じように、液体窒素を吸い込んで絞り出せるほどの柔らかさを示します。(右の写真および動画 Supporting Information movies5)このように優秀な材料であるマシュマロゲルは、工業的に広く利用されている原料から簡単な方法でワンポット合成することができ、特殊な装置や条件も必要ないため、緊急時には原油流出の現場で迅速に作ることさえ可能です。原油回収以外にも、例えば分析化学の分野で、試料から脂質を分離するといった用途が考えられます。さらに機能性を持つ有機鎖を導入するなどして用途に応じた材料設計を行うのも容易で、今後これまで考えられなかったさまざまな分野への応用が生まれそうです。名前と見かけはかわいいこの物質、あなどれません!
*(追記)化学ニュースサイトChemistry Viewsで紹介されました → Chemistry Views – Easy Separation of Oil and Water