『クリスマス・キャロル』『二都物語』などの小説で知られるチャールズ・ディケンズ(Charles Dickens, 1812-1870)は、英文学を代表する文豪として評価を不動のものにしており、英国ではどの学校でも必ず子どもに作品を読ませる文字通りの国民作家です。一方、同時代の作家エドワード・ブルワー・リットン(Edward Bulwer-Lytton, 1803-1873)は、生前は人気作家だったのですが、現在では作品『ポール・クリフォード』の「英文学史上最悪の冒頭文」と評される書き出し“It was a dark and stormy night…”でむしろ有名になっています。この書き出しにちなんで、架空の小説の冒頭文を創作して「悪文度」を競うコンテストThe Bulwer-Lytton Fiction Contestまで開催されているほどの彼は、英文学における悪文家の代表格と言っていいでしょう。
UCLAの統計学者Mikhail Simkinは、国民的大作家と有名な悪文家という両極端に立つこの二人が書いた文を人々が見分けられるか試すため、両者の作品から12の文を抜き出して、どちらが書いた文か当てさせるオンラインクイズを実施しました。9千人以上が参加したこのクイズの結果が、このほど英国王立統計学会・米国統計学会とWiley-BlackwellによるウェブマガジンSignificance Magazineで発表されました。
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二人のうちどちらかが書いたかを当てればいいのですから、でたらめに答えても50%の確率で当たるはずです。まして、文豪と稀代の悪文家の文であれば、違いは一目瞭然のはず。ところが、全回答者の平均正答率は48.2%に留まり、Simkin氏に「サルにも負けた」と言わしめました。
もっとも、ネットで誰でも参加できるクイズですから、英語力の劣る非英語圏の回答者が全体の足を引っ張っているのかもしれません。そう考えたSimkin氏が、回答者のうち英語圏の大学出身者602人に絞って再集計したところ、結果は…あれ? 48.0%に下がってしまいました。ひょっとすると、英語が分かるというだけでは不十分で、高い教養の持ち主でないと違いが分からないのかもしれないということで、今度はエリート大学(米国のアイビー・リーグと英国のオックスブリッジ)出身者76人に絞ったところ、今度こそ正答率が上がりました。…50%ちょうどに。
Simkin氏は、この結果からディケンズとブルワー=リットンが書く文に巧拙の差はないと結論付けていますが、どう思いますか? 一つひとつの文の良し悪しと作品の価値は別なのか、それとも、19世紀の作家の文の巧拙を現代人が見分けられないだけなのでしょうか。また、日本人作家で同じようにやってみるとどうなるかも、興味深いですね。