大学で化学を学んだ故サッチャー元首相が、政治家としても科学を尊重した2つの証拠 (Significance Magazine)

4月8日に亡くなった英国のマーガレット・サッチャー元首相(1979~1990年在任)が大学(オックスフォード)で化学を専攻していたことを、今回の追悼報道で初めて知った人も少なくないのではないでしょうか。英国史上初の女性首相としてクローズアップされたサッチャー女史でしたが、同時に理系出身の首相としても英国で初めて、しかもいまだに唯一の存在なのだそうです。

そのサッチャー女史が、首相としても科学的根拠に基づいて2つの重要な政策を採ったことをを、英国王立統計学会・米国統計学会とWiley-BlackwellによるウェブマガジンSignificance Magazineの追悼記事が高く評価しています。
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この記事によると、1つ目の重要な政策はエイズ対策です。エイズ感染の拡大が知られるようになった1980年代初め、この病気の性質についての人々の知識はきわめて不確かでした。同性愛者だけが感染する病気だと思い込み、個人の不道徳さと関連付ける人も多くいました。そのような中で、当時のサッチャー首相は側近の助言を受け入れ、道徳的な意味合いを排除して、感染防止のために男女を問わずコンドームの使用を奨励する政策を打ち出しました。サッチャー首相の下で政府は、国民にコンドーム使用を呼びかける広告やパンフレットの各戸への配布を進めたほか、‘AIDS – don’t die of ignorance’(無知のせいで死なないで)と題した啓蒙CM(下のYouTube動画。冒頭で度肝を抜かれます)を、テレビや映画館で盛んに上映しました。

サッチャー元首相のもうひとつの功績は、地球温暖化の危険性を、一国の指導者として初めて世界に訴えたことです。サッチャー首相は、1988年9月に王立協会で、その翌年には国連で、二酸化炭素排出の増大がもたらす気候変動の危機を訴える演説を行い、その結果この問題は少数の専門家以外の人々にも広く知られるようになりました。温室効果ガスの増加と地球温暖化の関連については、現在も専門家の間で意見が分かれていますが、潜在的な危機に対して迅速に行動し、人々に問題提起を行ったサッチャー元首相の姿勢は、立場の違いを超えて評価に値するのではないかと思います。

上の記事の指摘で特に興味深いのは、これら2つの政策は、ともにサッチャー女史の本来の主義主張と相容れないものであったという点です。保守政治家であるサッチャー女史は、コンドーム奨励のように政府が個人の私生活に(ましてや性生活に)干渉することも、また国連のような国際機関の力を借りることも強く嫌っていたはずです。にもかかわらず、科学的根拠から正しいと判断した政策を遂行するためなら、サッチャー女史は個人的な信条を後回しにすることをためらわなかったのでしょう。「鉄の女」と呼ばれコワモテのイメージが強かったサッチャー女史ですが、そのように考えるとかなり違った人物像が見えてくるのではないでしょうか。

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