今年1月、京都大のグループが発表した水と油を素早く分離し高温・低温にも強い柔軟多孔性物質「マシュマロゲル」は、各種メディアで紹介され大きな反響を呼びました。このマシュマロゲルは、水をよく弾く「超撥水性」を備える一方で油に対しては親和性を持つため、水と油の混合物から油だけを選んで吸着することができるというものです。
この報告を行った中西和樹 京都大学理学研究科准教授、金森主祥 同大学助教、早瀬元 同大学院生(博士後期課程)らのグループは、このほど新たに水と油の両方を寄せ付けない「超撥水・超撥油性」を持たせた「第2のマシュマロゲル」の開発に成功し、Angewandte Chemie International Edition (ACIE)で報告しました。表面コーティングではなく、塊状材料として超撥水・超撥油性を実現した成功例としては世界初の報告となります。
⇒ Hayase, G., Kanamori, K., Hasegawa, G., Maeno, A., Kaji, H. and Nakanishi, K. (2013), A Superamphiphobic Macroporous Silicone Monolith with Marshmallow-like Flexibility . Angew. Chem. Int. Ed.. doi: 10.1002/anie.201304169
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新しい超撥水・超撥油性マシュマロゲル「MG2」は、水だけでなくさまざまな油系の液体に対して150度以上の接触角を示し、超撥水・超撥油性を持つことが確認されました。(図1)
また、水と油が層をなす液体中に入れると、前の超撥水性マシュマロゲルMG1は油を吸収して沈み、水と油の界面に留まるのに対し、新しいMG2は油を吸収せず、表面張力だけで油の上に乗り続けます。これが可能な物質は、これまでに報告例がないそうです。(図2)
水を弾いて寄せ付けない性質「超撥水性」(理論的には水滴との接触角が150度以上)を備えた材料表面については多くの研究が行われていて(例えばこちら)、特にハスの葉など自然界で例が多く見られることから、バイオミメティクス(生物模倣技術)の代表的な研究対象のひとつとなっています。超撥水性の表面は、雨に濡れると自然に汚れが落ちる「セルフクリーニング効果」を持つ窓ガラスや外壁などとして、既に実用化されています。しかし、超撥水性だけでは煙や排気ガスなど油系の汚染物質に対する効果が低いことが難点となっています。
一方、超撥水性と同時に油に対する「超撥油性」を実現することはハードルが高いとされ、それらの両方を備えた乾燥表面は自然界に存在しません。超撥水性・超撥油性を人工的に実現するには、表面に微細凹凸構造を形成するとともに、表面をフッ化アルキル鎖などで覆う必要がありますが、そのような報告例はあまり多くありません。また、これまでの報告例のほとんどが薄膜コーティングに関する技術で、剥離などによって特性を失う問題がありました。
中西准教授らのグループは、前回のマシュマロゲル(MG1)に有機置換基としてビニル基を導入しました。それを足場にして、穏やかな条件下で進行するチオール−エンクリック反応によってビニル基にフッ化アルキル鎖を付加することで、超撥水・超撥油性を兼ね備えた新しいマシュマロゲル(MG2)の合成に成功しました。有機鎖の導入によって機能性を与えられることは、もともとマシュマロゲルの長所のひとつとなっていて、今回の成果はそれを生かしたものといえます。
これまでの表面コーティングとは異なり、新しいマシュマロゲルMG2は塊状の材料の内部まで超撥水・超撥油性を備えているため、表面が破壊されても性質を維持することができます。同グループによると、このように超撥水・超撥油性を持つ塊状材料の合成に成功した報告例は今回が初めてとのことです。この新材料は、油状の汚れにも強い防汚素材をはじめ、これまで考えられなかった用途への応用も期待できそうです。
関連書
Self-Cleaning Materials and Surfaces: A Nanotechnology Approach
Dr Walid A. Daoud
ISBN: 978-1-119-99177-9
Hardcover / 366 pages / September 2013