朱色顔料「辰砂」(しんしゃ)として古代から使われてきた硫化水銀が劣化により黒変する理由はこれまで謎となっていましたが、このほどベルギーの研究グループは、塩化物イオン・光との反応によって金属水銀が生成することを実験で確認しました。反応機構の解明につながりそうな重要な発見として注目されます。
- 論文 ⇒ Anaf, W., Janssens, K. and De Wael, K. (2013), Formation of Metallic Mercury During Photodegradation/Photodarkening of α-HgS: Electrochemical Evidence . Angew. Chem. Int. Ed.. doi: 10.1002/anie.201303977
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中国を中心に古くから産出した鉱物「辰砂」は、日本では「丹(に)」、西洋ではシナバー(cinnabar)の名前で呼ばれ、伝統的な朱色の顔料として広く用いられてきました。その実体は硫化水銀(II) (HgS)で、後に硫黄と水銀から合成されるようになった人工顔料はバーミリオン(vermilion)と呼ばれています。(英語版Wikipediaで実際の色や使用例を見ることができます)
この辰砂およびバーミリオンは、塩化物イオンの存在下で光を受けると劣化し、黒変することが知られていました。この変色現象は、世界遺産に登録されているイタリア・ポンペイ遺跡の壁画(フレスコ画)や、ルーベンス、ブリューゲルらの絵画でも発生し、こういった貴重な文化遺産を保存する上での課題となっています。
しかし、この変色を引き起こす反応機構はこれまでよく分かっていませんでした。硫化水銀と塩化物イオンから生成すると予想されるHgCl2, Hg2Cl2, HgSO4, Hg2SO2, Hg3S2Cl2といった化合物は、いずれも黒っぽい色ではなく、黒変の原因物質とは考えにくかったためです。辰砂と同じHgSで結晶構造が違う「黒辰砂」(β-HgS / 朱色の辰砂はα-HgS)または金属水銀単体の生成を予想する研究者もいましたが、これまでの研究では、黒変後の辰砂からβ-HgS・金属水銀とも検出された例はありませんでした。また、反応において塩化物イオンが果たす役割も不明のままでした。
アントワープ大学のKarolien De Wael教授らのグループは、電気化学的手法により光照射と塩化物イオンの存在の下でα-HgSの黒変を人工的に引き起こせることを確認するとともに、表面に生成した金属水銀を検出することに成功しました。同グループは、この結果をAngewandte Chemie International Edition (ACIE) で報告するとともに、予想される反応機構を示しています。