東北大の有機化学者 故・野副鉄男博士が遺したサイン帳の復刻進む|記帳したロアルド・ホフマンら世界的化学者が当時を回想するコメントを寄せる(The Chemical Record誌)

台北帝国大学教授・東北大学理学部教授として活躍し、ヒノキチオールの発見をはじめトロポノイド化学の発展に偉大な足跡を残した有機化学者・野副鉄男博士(右写真・1902-1996年)は、1953年の欧米旅行を皮切りに約40年間にわたって、交流のあった世界各国の化学者から数千にのぼるサインを集めました。博士が遺した約1200頁にもなる貴重なサイン帳の復刻公開を、日本化学会の英文誌The Chemical Record(Wiley-VCHとの共同出版)が15回に分けて順次進めていることは、以前のブログ記事でお伝えした通りです。

このほど発行された同誌の2013年10月号は、サイン帳の第7部icon_free(無料公開中) を公開するとともに、そこに記帳した世界的化学者らから寄せられた、記帳当時の状況や書かれた内容を回想するコメントを特集記事として掲載しています。

 

今回コメントを寄せたのはカール・ジェラッシ、アルバート・エッシェンモーザー、ロアルド・ホフマン(1981年ノーベル化学賞受賞)、中西香爾(コロンビア大学)らの各氏です。そのほかにデレック・バートン(1969年ノーベル化学賞受賞・1998年没)、野依良治(理研理事長・2001年ノーベル化学賞受賞)、ロバート・ロビンソン(1947年ノーベル化学賞受賞・1975年没)の三氏については、各氏と野副博士との関係をよく知る関係者が代わってコメントしています。

今回の特集記事で取り上げられたサインは、単なる署名と挨拶文ではなく、構造式・反応式や趣向を凝らしたイラストなどを含んであり、記帳者が野副博士と語り合った化学的内容を伺わせるものとなっています。残されたサインは断片的で、それだけを見ても読者には意図が分かりにくい場合が多いですが、各記帳者がコメントで、それぞれのサインがどのような状況で記帳され、その内容が当時の自身にとってどのような意味を持っていたかを語るのを読むと、背景がよく理解できるようになります。

structure例えば、構造式がいくつも描かれたロアルド・ホフマン教授のサイン (上のリンク先記事中のFig. 7a.) は、同教授のコメントによると、1970年に仙台で行われた国際学会のため来日した際に宴会の席上で記帳されたもので、その直前にホフマン教授が発表した軌道対称性に関する論文に関連する分子を示しているそうです。ホフマン教授のサインのすぐ下には、同席した中西香爾教授が“Nonsense! This is a brilliant theoretician’s dream. Ask the organic chemists” といった言葉を書き足していますが、今回のコメントで中西教授は、物理化学・理論化学から天然物化学に転じた自身の状況からその思いを説明しています。

これらのサインと記帳者のコメントは、野副博士が多くの人々と持った化学者として、また友人としての交流と、博士が晩年まで持ち続けた化学の新展開への強い関心を改めて感じさせます。

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