科学研究の質・信頼性を支える制度として、論文査読(peer-review)の重要性は多くの研究者に認められています。最近Science誌がオープンアクセス誌に対して行った「おとり実験」の結果が大きな反響を呼んだのも、査読への信頼が揺らぐことに対する科学者コミュニティの強い危機感の表れという面が少なからずあるでしょう。
しかしその一方で、ただでさえ多忙な研究者にさらに負担を強いる査読に対して、不満が高まっているのも事実です。Angewandte Chemieの編集委員会で委員長を10年間務めてきたチューリッヒ工科大学のFrançois Diederich教授が、退任を前にしてのEditorialで、この問題についての見解を表明しています。
- 記事 ⇒ Diederich, F. (2013), Are We Refereeing Ourselves to Death? The Peer-Review System at Its Limit. Angew. Chem. Int. Ed.. doi: 10.1002/anie.201308804 (無料公開)
Diederich教授によると、Angewandte Chemieは2012年の1年間で、5千人の査読者に対して延べ28,800回査読を依頼し、回答率は約60%でした。同誌のために毎月1回以上の頻度で査読をした研究者が、計228人もいました。
近年、新興国からの論文投稿が増加し、特に中国の論文生産量は過去20年間で著しく増えています。これにより、研究者ひとりひとりの負担が増すことは避けられず、査読拒否が起こるだけでなく、十分な時間をかけずに「斜め読み」で書かれる質の低い査読レポートも発生しています。例えば、Supporting Informationに必要な情報が含まれ、本文からきちんと参照されているにも関わらず、査読者がそれを見落として「情報が足りない」と要求してくる例が後を絶たないそうです。
それに輪をかけるように、研究者には論文査読だけでなく、教員の採用・昇進や研究助成の採択に関してなど、さまざまな種類の評価レポートが求められる傾向が高まっています。Diederich教授自身、2006年に書いた種々の評価レポートをカウントしたところ、1年で422本にもなっていたことにショックを受け、それ以降は意識して半減させたそうです。
このような状況への改善策として、Diederich教授はまずジャーナルの側で可能なことをいくつか挙げています。例えば、論文著者が推薦する査読者は、その分野の著名な研究者に集中する傾向があります。ジャーナルの編集部には、有望な若手研究者を含む充実した研究者データベースを持ち、査読の負担をなるべく広く薄く分散することが求められます。
また、中国のように論文生産量が急増した新興国の研究者に対して、査読においても相応の負担を求めることや、1報の論文に対して多くの査読者の意見を求めすぎないようにすることも訴えています。極端な例では、教授自身の書いた総説論文1報に対して査読レポートが7回書かれ、しかもすべてがポジティブな評価だったことがあるそうです。教授は、2人か3人から査読を受ければ、採否の判断には十分なはずとしています。
一方、著者の側も、レベルの妥当なジャーナルを選んで投稿すること、英語表現やデータの面で最初から完成度の高い論文を投稿することなど配慮が求められています。また、あるジャーナルでリジェクトされた論文の査読レポートが、再投稿先のジャーナルで再利用できれば、査読を一から繰り返す手間が省け効率化につながります。既にWiley-VCHやRSC, ACSなどでは、同じ出版社内のジャーナル同士で査読レポートを共有する試みが始められていますが、Diederich教授はこの動きがさらに拡大することを期待しています。