近年盛んに研究されている、窒素などのヘテロ原子を導入したグラフェンを触媒とする酸素還元反応は「Metal-Free」(無金属)と称されてきましたが、実はグラフェンに含まれる金属不純物が触媒能に大きな影響を及ぼしているという可能性が、シンガポールNanyang工科大学のMartin Pumera准教授らのグループの報告によって示唆されました。この論文は、Angewandte Chemie International Edition (ACIE) で注目論文 VIP (Very Important Paper) に選ばれました。(右にこの論文による表紙画像)
- 論文 ⇒ Wang, L., Ambrosi, A. and Pumera, M. (2013), “Metal-Free” Catalytic Oxygen Reduction Reaction on Heteroatom-Doped Graphene is Caused by Trace Metal Impurities. Angew. Chem. Int. Ed.. doi: 10.1002/anie.201309171
(本文を読むにはアクセス権が必要です)
酸素還元反応(ORR)は、燃料電池にとっての重要な反応として注目が集まっています。これまでの研究では、白金が最も優れた酸素還元触媒とされ広く用いられていますが、白金は高価で希少なため、それに代わる安価で入手しやすい触媒の発見が大きな課題です。現在、グラフェンなどの炭素材料の表面にコバルト・マンガン・鉄などの金属ナノ粒子を担持させた触媒が有望視されている一方で、グラフェンに窒素・ホウ素などの非金属原子を添加(ドープ)した「ヘテロ原子ドープグラフェン」が優れた触媒能を示すという報告も相次ぎ、Metal-Freeな酸素還元反応として活発な研究対象になっています。
しかしPumera准教授らのグループによると、原料のグラファイトからグラフェンやカーボンナノチューブ(CNT)などの炭素材料を合成する際に微量の金属不純物が混入することが知られているにもかかわらず、Metal-Freeと称する反応の報告時にグラフェン触媒の厳密な元素分析データは示されず、金属不純物による影響が十分に検討されてきませんでした。そこで同グループは、同じソースから入手したグラファイトから二つの異なる方法でグラフェンを合成し、それぞれに含まれる金属不純物の量の違いによって触媒活性がどのように変化するかを比較しました。
その結果、最も一般的なHummers法によって合成されたグラフェン(G-HU)には、8000 ppmを超えるマンガンが含まれていたのに対し、別のStaudenmaier法によるグラフェン(G-ST)からは約18 ppmと、比較的少量しか検出されず、合成法によって金属不純物の量が大きく変わることが分かりました。これら2種類のグラフェンそれぞれで修飾したグラッシーカーボン(GC)電極を使って酸素還元開始電位(onset potential)を測定したところ、マンガンの含有量が多いG-HUを用いた電極でより大きな電位シフトが発生するとともに、マンガンの少ないG-STによる電極でも、裸のGC電極に対して一定程度の電位シフトが起こることが確認されました。同グループはこの結果を、グラフェンに不純物として含まれるマンガンの量が酸素還元触媒としての活性に大きく影響し、また18 ppmという微量でも一定の影響を及ぼすことを示唆するものとみなし、これまでの報告が本当に「Metal-Free」であったことに疑義を呈しています。同グループでは、今後グラフェン触媒による酸素還元反応をMetal-Freeとして報告する際には、金属不純物の有無を確認できるよう元素分析データを示すべきと主張しています。
■ ACIEでは、二人の査読者が特に重要性を認めた論文をVIP (Very Important Paper)に選んでいます。
⇒ 最近VIPに選ばれた論文