「匂い」と化学とは密接な関わりを持っています。化学の歴史を振り返ると、香水などに使われる香料の研究に多くの化学者が取り組んだ成果が、有機合成化学の進歩に大きく貢献してきました。(関連記事: ココ・シャネルとドイツの化学者オットー・レーレンの接点とは?) 2001年にノーベル化学賞を受賞した理研・野依良治理事長も、ハッカの香り成分であるメントールの不斉合成法開発が重要な業績のひとつです。
食品中に含まれる匂い物質の化学的研究は、ガスクロマトグラフィーなどの分析法の進歩によって急速な発展を遂げています。独ミュンヘン工科大学のThomas Hofmann教授らは、この分野でのこれまでの成果を総説にまとめ、Angewandte Chemie International Edition (ACIE) で発表しました。この総説は、化学ニュースサイトChemistry Viewsで注目論文として紹介されました。
- 論文 Dunkel, A., Steinhaus, M., Kotthoff, M., Nowak, B., Krautwurst, D., Schieberle, P. and Hofmann, T. (2014), Nature’s Chemical Signatures in Human Olfaction: A Foodborne Perspective for Future Biotechnology. Angew. Chem. Int. Ed.. doi: 10.1002/anie.201309508 (本文を読むにはアクセス権が必要です)
- Chemistry Viewsの記事 Follow Your Nose (June 25, 2014, Chemistry Views)
人の嗅覚の働きは複雑で、複数の匂い物質が混合されると全く別の匂いとして知覚することがあります。例えば、ゼラニウムの花の香りと火を通したジャガイモの匂いを生む物質を一定の比率で混合すると、花やジャガイモの香りが消え、魚臭さとして知覚されるようになることが知られています。
食品に含まれる揮発性物質は約1万種と推定されていますが、Hofmann教授らが過去の文献を精査した結果、そのうち226種の化合物が、匂いに影響を与える重要な物質 (key foor odorant = KFO) として特定されました。それぞれの食品に含まれるKFOの組み合わせや比率の違いが、多様な匂いを生み出します。食品の匂いを再現するために必要なKFOの数は、少ないもので発酵バターの3種、多いものでコニャック(酒)の36種などとなっています。
「匂いの化学」とその応用は、嗅覚の仕組みに関する生物学的研究やセンサー技術、バイオテクノロジーといった関連分野を含む学際的研究として、今後一層の発展が期待されます。
関連の新刊書
Chemistry and the Sense of Smell
Charles S. Sell
ISBN: 978-0-470-55130-1
Hardcover / 484 pages / April 2014
US$ 149.95