Great Myths of the Brain
Christian Jarrett
ISBN: 978-1-118-31271-1
Paperback / 352 pages / September 2014
US$ 24.95
「脳トレゲーム」「ゲーム脳」「○○を食べると頭がよくなる」など、脳科学に基づくとされる製品や言説がブームとなって世間を賑わすことは珍しくありません。一般の人々が脳に対してひときわ高い関心を持っていることの表れといえますが、それだけに科学的根拠の薄弱な、迷信や俗説が流布しやすい分野であることも事実です。
今回ご紹介するのは、脳にまつわる50余りの迷信・俗説を取り上げ、最新の脳・神経科学の立場から誤解を解くことをめざして書かれた新刊です。硬い専門書ではなく、専門外の読者でも面白く読める科学読み物となっています。
表題に挙げた「人間の脳は10%しか使われていない」というのも、脳科学で否定されている迷信の典型です。本書は、この俗説の起源に遡り、米国の心理学者William Jamesが唱えた「人間は潜在的な精神エネルギーを持っている」という漠然とした説に、後世のジャーナリストが「平均人はその10%しか使っていない」と勝手に付け加えたことを明らかにしています。かのAlbert Einsteinが自分の天才について「脳の能力の10%ではなくすべてを使ったから」と語ったとも言われていますが、その発言の出所は確認できないそうです。
「記憶喪失」についても迷信が多いようです。小説や映画・ドラマなどでは、脳に衝撃を受けたことで「私はだれ? ここはどこ?」と自分の名前も過去もすっかり忘れてしまうような記憶喪失が登場しますが、そのような報告例は皆無ではありませんが極めて稀で、実際には「新しい記憶を長期間保持できない」という形で現れるのが一般的だそうです。
他の例では、眠りながらテープやCDを聞く「睡眠学習」が昔からあります。語学やスポーツなどのスキルの習得につながるような複雑な情報を睡眠中に吸収できるという説は、当然ながら科学的な根拠が認められていません。しかし、2012年に報告された実験結果によると、睡眠中に特定の音とシャンプーの香りを同時に与えられた被験者は、睡眠中の記憶が全くないのに、目覚めてから同じ音を聞いたときに匂いをかごうとする行動を見せたとのことで、そのように単純な「条件づけ」が睡眠中に行われる可能性は否定できないようです。
本書ではほかに「右脳と左脳」「男女の脳の違い」「魚を食べると頭がよくなる」といった私たちにもなじみのある説、また日本では知られていないが海外では普及している説を取り上げて、現代の脳科学から見て誤っている部分と正しい部分とを腑分けしていきます。一般読者向けの読み物でありながら、取り上げたさまざまな説や報告について逐一レファレンスを示し、典拠となった文献を確認できるようにしているのも本書のすぐれた点です。
著者Christian Jarett氏は、認知神経科学の博士号を持ち、現在は英国心理学会のニュースブログ Research Digest のエディターを務めるとともに、Wired誌のブログ Brain Watch を執筆する有力なサイエンスライターです。一般読者を最新の脳科学に橋渡しする本書の著者として、まさに適任といえるでしょう。
各章の構成
- Defunct Myths
- Myth-Based Brain Practices
- Mythical Case Studies
- The Immortal Myths
- Myths about the Physical Structure of the Brain
- Technology and Food Myths
- Brain Myths Concerning Perception and Action
- Myths about Brain Disorder and Illness