<記事紹介> オープンアクセス(OA)を費用面から考える / 学会誌The EMBO Journalのチーフエディターから見た、良質な論文出版とOAを両立させるための課題

library今週(2014年10月20~26日)は毎年行われるオープンアクセスウィークにあたることから、世界各国で多くの機関・団体がオープンアクセス(以下OA)関連のイベントを開催しています。その一環としてWileyのブログExchangesに掲載された記事では、The EMBO Jounralのチーフエディターを務めるBernd Pulverer氏がOA出版の費用面を論じています。

The EMBO Jounralは、EMBO(欧州分子生物学機構)の公式誌で、分子生物学分野のトップジャーナルのひとつでもあります。そういった学会誌の立場から見て、科学的なクオリティを守りながら収益的に持続可能なOA出版を実現する上でどういった課題があるのかが分かる論考としてご紹介します。

EMBOの出版部門EMBO Press は、フラッグシップ誌であるEMBO JournalとともにEMBO ReportsMolecular Systems BiologyEMBO Molecular Medicine の計4誌を発行しています。(2014年よりWileyと共同出版) そのうちMolecular Systems Biology と EMBO Molecular Medicine はフルOA誌(前者は全出版社のOA誌の中でインパクトファクターがトップ)、残り2誌は論文ごとに著者がOAにするかどうかを選べるハイブリッドOA誌で、またOAでない論文も出版の1年後に自動的にOA化されます。そういった意味で、EMBOはジャーナルのOA化に積極的に取り組んできた学会のひとつといえます。

OAになった論文は出版と同時に無料公開されるため、読者層が広がりアクセスが増えます。しかしPulverer氏によると、論文へのアクセス数の増加が、著者にとってより重要な「引用数」の増加に必ずしもつながらないことが、これまでに発表された研究やEMBO Pressでの経験で明らかになっているそうです。大学などに属さない一般の読者とは違って、実際に論文を書くプロの研究者は、もともと多くの論文にアクセスできる環境にいるため、読もうとする論文がOAかどうかで受ける影響が小さいようです。それだけではなく、The EMBO Jounalでの限られたサンプルが示す範囲ではありますが、論文がOAかどうかでソーシャルメディアでの取り上げられ方に有意な違いが生じるわけではなく、また南米・アフリカなどの開発途上国からのアクセス数にも影響しないという結果が出ています。

library多くのOA誌は、論文を掲載する著者が負担するArticle Publication Charge(APC, 論文出版料金)を収入源として成り立っています。この方式では、それぞれのジャーナルの収入は、出版する論文の数に比例します。しかし、厳しい採否判定を行うEMBO Pressの4誌では、投稿論文のアクセプト率は約10%に留まっています。査読管理を含めて高水準の編集を維持するには必然的にコストがかかりますが、EMBO Pressでは、アクセプトされたわずか10%の論文著者に、リジェクトされた残り90%の論文にかかわるコストもまとめて負担してもらっていることになります。これまでの調査では、多くの研究者らが妥当と考えるAPCの上限は$2,000という結果が出ていますが、こういった事情により、EMBO PressのAPCはそれを大きく上回っているのが現状です。

APCを引き下げるために、どのような方法が可能でしょうか。Pulverer氏は、EMBO Pressとしてはコストを下げるための「手抜き」はできないと言います。単に紙の論文を電子ファイルにするだけではなく、研究者の利便のためにオンライン環境にふさわしい付加価値を与えることや、また出版倫理を守るための厳格な事前チェックを行うことは、EMBO Pressにとって必須と考えているためです。

OAの分野でこれまで注目を集めてきたのが、採否判定のハードルを下げ、一定の水準を満たす論文をすべて出版するというPLoSONEの試みです。それによって非常に多くの論文を出版することが可能になったPLoSONEは、収益面で大きな成功を収めています。EMBO Pressでも同様の手法を検討しましたが、質の低い論文を掲載することで「情報過多」に拍車をかけるだけでなく、他の研究者をミスリードして無駄な時間と費用を使わせることになりかねないという理由から、慎重な姿勢を崩していません。

research別のアプローチとして、論文がアクセプトされた時点でその著者に課金される現在のAPCに対し、論文投稿の時点ですべての著者から料金を徴収する“submission charge”(投稿料金)を導入することが考えられます。すべての論文投稿者に広くコストを分担してもらうのは、一部の著者に負担が集中するAPC方式よりも公平かもしれません。しかしsubmission chargeは著者から好まれないため、ジャーナルの出版元は論文投稿の減少を恐れて採用に踏み切れません。submission chargeによって高水準の論文投稿が本当に減ってしまうかどうかは未検証ですが、EMBO Pressでは、それ以前の問題として、オンライン支払システムが今よりも大幅に効率化されることが不可欠との考えのようです。

Pulverer氏によると、論文出版に必要なコスト自体は、OAであろうとなかろうと基本的に変わらず、そのコストは誰かが何らかの形で負担しなくてはなりません。そしてEMBO Pressのようにアクセプトの判定が厳しい高水準のジャーナルでは、必要な費用は一論文あたり数千ドルを超えざるをえません。EMBO Pressをはじめ多くのジャーナル・出版社は完全OA化をめざしていますが、そのためには、OAを収益面で持続可能なものとするために研究助成機関や政府の協力が必要だというのがPulverer氏の意見です。

今年科学コミュニティを揺るがした残念な事件は、権威あるジャーナルに求められる責任の重さを改めて浮き彫りにしたともいえます。Pulverer氏の論考は、論文出版の質を保ちながらもOAを持続可能な出版形態とするには現実的に何が必要かを考えさせるものではないでしょうか。

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