日本では博士号取得者の就職難、いわゆるポスドク問題の深刻さが広く知られるようになっていますが、米国でも似たような現象が起こっているようです。バージニア工科大学のNavid Ghaffarzadegan准教授らは、PhD取得者の増加を統計データに基づいて分析した論文をSystems Research and Behavioral Science誌で公開し、多くの読者にツイートされるなど話題を呼んでいます。
- 論文 Ghaffarzadegan N., Hawley J., Larson R., and Xue Y. (2014) A Note on PhD Population Growth in Biomedical Sciences, Syst. Res, doi: 10.1002/sres.2324. (オープンアクセス)
人口学では、1人の女性が生涯に出産する女児の平均数を「基本再生産数」(basic reproductive number = R0) と呼び、人口の推移を予測するための重要な指標としています。米国では現在 R0 は1に近く、人口が安定的であることを示しています。一方、仮に R0 が1を大きく上回ると、人口の急増が不可避となります。
著者らは、大学教員(テニュアトラックおよびテニュア教員)を親に、その下で生まれるPhD取得者を子になぞらえて、統計データから米国の生物医学分野における R0 の推移を計算しました。その結果、R0 の値は1980年代の平均2.41から右肩上がりに増え続け、2010年代には6.30にまで達していました。このことは、教員の引退で空くポジション1つを6.3人で争うことを意味し、残りの5.3人(84%に相当)は教員以外の職を探すことを余儀なくされます。(教員のポジション数は1980年以降ほぼ横ばい) しかも、最近の教員の定年延長の動きは空きポジションの発生を遅らせるため、今後の状況はPhD取得者にとってさらに不利なものとなりかねません。
テニュア教員(任期なしの常勤教員)に道がつながるテニュアトラック教員の職に就けないPhD取得者にとって、代表的な選択肢は有期契約のポスドクとして大学に残るほか、産業界など大学の外で就職する、あるいは機会を求めて海外に出るなどです。著者らによると、産業界でPhD取得者を積極的に採用するのはナノテク・医用生体工学など一部の分野に限られ、他分野では修士・学士で十分と考えられているようです。
若手研究者の就職状況を改善するために、科学界などから研究予算やテニュア教員職の拡大を求める声もありますが、著者らは、短期的に予算や教員職を増やしても持続可能な解決策にはならないと指摘します。予算や教員数の増加は、さらに多くのPhD取得者を生み出し、悪循環に拍車をかけるおそれがあるためです。著者らは、PhD取得者の増加問題は、大学院教育・教員職・国の研究事業のあり方が複合的に絡み合った構造によるもので、簡単な解決策はないと考えます。
当面の対策として著者らが挙げるのは、PhDをめざす学生に、統計などに基づいて予想される将来像をリスク面を含めて教えることです。普通の出産と違って、PhDとして「生まれる」かどうかを自分の意思で選べるのはいいことではないか、という一文でこの論文は締めくくられています。