米国のテレビドラマシリーズ『ブレイキング・バッド』(Breaking Bad・2008~2013年放送)は、高校の化学教師がその知識を生かして覚せい剤メス(メタンフェタミン)の密造に手を染めるという異色のテーマを扱い、高い人気を呼ぶとともに批評家からも絶賛を博しました。(Chemi-Stationさんでも紹介されています)
このドラマの製作には、科学考証のためのアドバイザーとしてオクラホマ大学の物理有機化学者Donna Nelson教授が参加しました。Nelson教授は自らの研究と並行して、科学者の社会的イメージの向上、科学教育の改善、研究型大学におけるエスニシティおよびジェンダーの多様化といった活動に積極的に関わり、ACSの次期会長(2016年就任予定)にも選ばれるなど多方面で活躍する女性化学者です。そのNelson教授が化学ニュースサイトChemistry Viewsのインタビューに答え、科学者としてハリウッドのテレビドラマ製作に参加した貴重な体験について語っています。
- インタビュー記事を読む Bridge Science and the Public – Interview with Donna Nelson (January 6, 2015, Chemistry Views)
この記事によると、Nelson教授はC&E Newsで『ブレイキング・バッド』のプロデューサー Vince Gilligan氏のインタビューを読み、彼がこのドラマのために専門家の助言を求めていることを知りました。Nelson教授は、科学と社会の間の懸け橋になる絶好の活動として興味を持ちましたが、その一方でドラッグ密造というテーマに大学の化学教授が関わることにためらいも感じました。しかし、最初の数回のエピソードを見て、ドラッグ密造を賛美する内容でないことが分かったので、協力を申し出たそうです。
科学アドバイザーとしての仕事はさまざまな形で行われ、台本をチェックするだけでなく脚本家と直接話し合ったり、実際にセットを見に行ったこともあったそうです。助言の内容も、専門用語の読み方や化学量論計算、図の描き方など多岐にわたりました。
製作には、Nelson教授とともにアメリカ麻薬取締局(DEA)も協力したそうです。DEAは、テレビでどこまで見せていいかをチェックするとともに、実際のドラッグ密造現場がどのようになっているかといった他では得られない専門知識を提供したそうで、ドラマにリアリティーを加える上で大いに役立ったと思われます。
Nelson教授によると、ハリウッドの製作現場では科学アドバイザーに対して以前から悪評があり、ドラマに口出しをしてつまらない科学ドキュメンタリーのように変えてしまう存在と見られていました。そのため同教授は、ドラマを駄目にするのではなく、その成功に向けて製作側と協力することを何より心掛けたそうです。例えば、高純度のメスは白色ないし無色の結晶となるはずですが、ドラマでは青色という設定になっています。これは科学的には正確でありませんが、同教授は主人公が合成するドラッグに特徴を与えるための演出として尊重したそうです。
科学者がハリウッドと仕事をする機会を得るのはきわめてレアなことではありますが、Nelson教授は、今後多くの科学者がそれぞれ一般の人々との接点を求めて動き出し、フレンドリーな交流をもてるようになることに期待を寄せています。