映画「ジュラシック・パーク」では、琥珀に閉じ込められた古代の蚊の血液からDNAを採取して恐竜を復元するという設定が使われました。それはもちろんフィクションですが、現実にも、良い状態で保存された化石から採取したDNAを解読する手法が近年急速に進み、古代の生物や初期人類の研究で次々と成果を上げています。
そのように環境に恵まれれば数十万年・数百万年といった長期にわたって情報を保存できるDNAは、生物学とは別の観点からも注目されています。貴重な歴史的文書などをアナログ画像として長期保存するための記録媒体としてはマイクロフィルムが代表的で、500年間保存可能とされています。しかし、デジタルデータの記録に使われる磁気・光学メディアの寿命はもっと短く、長期保存のための技術が確立されていないのが現状です。そこで、保存したいデジタルデータを塩基配列に変換して合成した「人工DNA」を記録媒体として役立てようという研究が進んでいます。
DNAは周囲の環境によって劣化しやすく、時間が経過した記録データを正確に読み取るのが困難なため、実用化に向けては人工DNAを安定的に長期保存する技術が課題となっていました。スイス・チューリッヒ工科大学(ETH Zurich)のWendelin J. Stark教授らのグループは、人工DNAをシリカナノ粒子の中に閉じ込めることで劣化を遅らせるとともに、データエラーを修復する「誤り訂正技術」を併用することでデータの再現を可能にする方法を開発し、Angewandte Chemie International Edition (ACIE) で報告しました。
- 論文 Grass, R. N., Heckel, R., Puddu, M., Paunescu, D. and Stark, W. J. (2015), Robust Chemical Preservation of Digital Information on DNA in Silica with Error-Correcting Codes. Angew. Chem. Int. Ed., 54: 2552–2555. doi: 10.1002/anie.201411378 (本文を読むにはアクセス権が必要です)
- 解説記事 DNA in Glass (February 9, 2015, Chemistry Views)
Stark教授らは、シリカナノ粒子の中に人工DNAを閉じ込めると、ちょうど良好な状態の化石の中に保存されたDNAと同じように、安定的に長期保存できることを確かめました。それでもなおデータの完全な再現は難しいため、同教授らは、QRコードにも応用されている「リード・ソロモン符号」と呼ばれる誤り訂正技術を併用して、データの読み取り精度を高めることにしました。
その効果を確かめるため、DNAの劣化が速まる70℃の高温下に1週間置いた実験では、人工DNAが4半減期経過後に相当するところまで劣化していましたが、そこに記録された古文書のテキストデータをノーエラーで再現することができました。同じ状態までDNAの劣化が進むには、チューリッヒの平均気温9.4℃の下では2000年、さらにマイナス18℃の地下にあるスヴァールバル世界種子貯蔵庫なら100万年以上かかると試算されるのことで、今回の手法の優秀性を示しています。現代人の知恵の結晶を後世に伝える技術の実現につながることが期待されます。