Harvard T.H. Chan School of Public Health(ハーバード公衆衛生大学院)の客員研究員Andrea Ballabeni氏は、EMBO(欧州分子生物学機構)の公式誌 EMBO Reports への寄稿の中でこの問題を取り上げ、非英語圏の論文著者が英語が劣るというだけの理由で不利益を受けず、科学の質だけで公平に競争できるようにするための方法を提案しています。
- 記事を読む Ballabeni, A., Levelling the lingo playing field. EMBO reports (2015) embr.201540724, DOI 10.15252/embr.201540724 (無料公開中)
Ballabeni氏によると、世界で書かれる科学論文の中での英語論文の比率は年々高まっています。PubMedデータベースに収載された2014年出版の生命科学論文のうち、95.4%が英語論文でした。PubMedで論文数上位の20か国のうち、英語論文の比率が95%を下回るのはフランスと中国の2か国に留まります。
その一方で、世界人口のうち英語を母国語として話すのはわずか5%前後で、論文数上位の20か国の中で英語を第一言語とするのは4つの国に過ぎません。結果として、2008-2012年の5年間におけるPubMed収載論文のうち、非英語圏の国で書かれたものが54%近くを占めています。
それが英語かどうかは別にして、科学の世界で特定のひとつの言語を共通語として使う方が便利なことは間違いありません。そして既に英語がその地位に定着している以上、今から別の言語に切り替えようとするのが現実的でないことは多くの人が認めるでしょう。しかし同時に、論文出版において非英語圏の著者が不利な立場に置かれていることは否定できません。英語を母国語とせずに育った大学生が科学の道に進むことを決めたとして、それから本格的に英語の勉強を始めてもネイティブスピーカーの域に到達するのは困難です。また、英語の勉強に時間を割きすぎると、本来の研究のための時間が足りなくなるという問題もあり、単に大学の英語教育を強化するだけでは解決しません。
Ballabeni氏は、言語に左右されない公平な競争を実現するため、非英語圏の著者が書く論文に期待する英語のレベルを引き下げることを提案します。かといって、何を言いたいのか読み取れないほどひどい英語は困りますが、少なくとも英語のネイティブスピーカーと同じレベルを求める必要はないとBallabeni氏は考えます。実際、国際学会などで直接会って話すとき、英語圏の研究者は、非英語圏の研究者の文法上の誤りや発音の訛りは気にせず、相手が話している科学的な内容だけを評価するものです。それと同じことを、書き言葉である論文でもやればいいというのがBallabeni氏の考えです。
これを実践するための方法としてBallabeni氏が挙げるのは、論文の投稿時に著者自身が英語のネイティブスピーカーか否かを明らかにし、可能なら自分の英語力を一定の尺度で自己評価するという方法です。その情報を見て、エディターや査読者・読者は論文に期待する英語のレベルを調整し、非英語圏の著者が書く英語の多少の粗にはこだわらず、科学的内容そのものを評価するようになります。
もちろん、これによって英語力の向上が不要になるというわけではなく、非英語圏の著者が完璧な英語を書ければ名誉だということは変わりません。一方で、ネイティブスピーカーかどうかの情報を提示することには、非英語圏の研究者が直面している言語の問題に対して英語圏の国でも認識を高める効果もあるとBallabeni氏は考えています。