<記事紹介> 科学論文出版での不正行為を防ぐための有効な対策は? 学会誌編集長はこう考える

データの捏造など、科学論文の出版に関わる不正行為が報道メディアに多く取り上げられるようになったのは、日本だけに限りません。ニューヨーク・タイムズ (NYT) 紙は、2015年6月1日付の社説で論文著者による不正行為の問題を論じ、反響を呼びました。

高い影響力を持つNYT紙によるこの記事について、ブログなどでコメントした科学者や出版関係者は少なくありません。Association for the Sciences of Limnology and Oceanography (ASLO, 陸水海洋学会)の公式誌 Limnology and Oceanography の編集長を務めるコーネル大学のRobert W. Howarth教授もその一人で、同誌最新号(July 2015)のEditorialで、NYT紙が挙げた不正行為対策に異論を唱えるとともに自身の見解を語っています。

Limnology and Oceanography

NYT紙の社説が取り上げた不正行為の事例は、Science 誌と Journal of Clinical Investigation で今年発覚したデータ捏造と、Environmental Science & Technology 誌で起こった利益相反の不開示(著者が、研究結果に深い利害関係をもつエネルギー企業の顧問として援助を受けていた)です。これらを踏まえて同紙は、科学・学術論文における不正行為は長年の問題だが、最近の報道を見る限り事態はますます深刻化していると考えざるを得ないと述べています。

そのうえでNYT紙は、こういった不正行為を減らすには、論文の基になったデータに査読者がアクセスできるようにすることが有効としています。それに対しHowarth教授は、この指摘の重要性を認めながらも、不正行為への対策としては不十分であると同時に現実的でないと主張します。Environmental Science & Technology誌で起こったような利益相反の不開示を見つけるには役立たないことも理由のひとつですが、それ以上に、論文著者の研究室から集めた生データを査読者に読ませて論文と齟齬がないかチェックさせるのは、査読者にとって負担が重過ぎるためです。研究者には、現状でも貴重な時間を割いて査読を引き受けてもらっているのに、その負担をさらに増やすのは非生産的でしかないと同教授は考えます。

Credit - Alexander Raths/Shutterstock

Credit - Alexander Raths/Shutterstock

その一方でHowarth教授は、査読者が判定のために特定のデータを見る必要があると感じたら、そのデータへのアクセスを提供するのは当然だと考えます。査読者は判定に必要なデータの不足を感じたら遠慮なく要求すべきで、同教授の Limnology and Oceanography 誌では、査読者からそのような要求があれば常に支援しており、それに対して著者がデータ提供を拒むならその論文を出版しない方針を採っています。

不正行為を減らすための方法としては、他に何ができるでしょうか。Howarth教授がまず挙げるのは倫理面で、科学コミュニティ全体が不正行為を絶対に許さないという価値観を共有し、学生や若手研究者に倫理上のガイダンスを示すことが重要と訴えます。同教授は、企業からの研究助成を受けることが多い生物医学分野と違って、自分たちの陸水海洋学分野では不正行為はまれだと信じていますが、気を緩めることなく不正行為に対する断固たる姿勢を堅持すべきと考えています。

Howarth教授がそれと並んで重視するのは、論文の共著者の役割です。共著者は論文の内容について責任を負っており、論文が根拠とするデータの質と信頼性、そしてその解釈に確信をもてないのであれば共著者になるべきではないと同教授は指摘します。すべての共著者が責任を共有し論文の完成に向けて積極的に関与することが、論文の質の向上をもたらすだけでなく不正行為の防止にもつながるというのが同教授の考えです。

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