化学ニュースサイトChemistry Viewsで5月から連載された、ストリキニーネ全合成研究の歴史を豊富なエピソードとともに振り返る好評エッセイ “Strychnine: From Isolation to Total Synthesis”が最終回を迎えました。今回の記事では、ヨウ化サマリウム(II)を用いたカスケード反応によるストリキニーネ全合成(16工程・収率1.0%)を2010年に報告したベルリン自由大学のHans-Ulrich Reissig教授とChristine Beemelmanns博士の二人に、同じ大学の元教授で化学ライターのKlaus Roth氏がインタビューしています。全合成達成の舞台裏では、予想外の波乱とそれを克服するための大きな苦労があったようです。
- 記事を読む Strychnine: From Isolation to Total Synthesis – Interview (August 4, 2015, Chemistry Views) * この記事はドイツ語で2011年に出版されたインタビューを英訳し、新しい情報を加えたものです。
Reissig教授らによる全合成の詳細は前回の記事にまとめられています。その記事も触れていますが、Reissig教授らは全合成達成に先立つ2010年2月に、カナダのBodwell教授が2002年に報告したストリキニーネ全合成に見られる中間体を、別の経路で合成することに成功しました。両者の中間体のスペクトルデータは完全に一致し、そこからストリキニーネを合成する工程はBodwell教授によって示されているため、Reissig教授らはいわゆる形式全合成を達成したものとして大いに喜びました。しかしその喜びは長続きしませんでした。
この中間体のNMRスペクトルをさらに精査したところ、予想していたのとは構造が異なる立体異性体で、そこからストリキニーネを合成することは不可能だということを示していました。当惑したReissig教授らは何度もデータを見直しましたが、結果は変わりません。結局、そもそもBodwell教授の全合成報告に誤りがあったと考えざるを得ず、Reissig教授らの研究は、完成を目前にして出直しを余儀なくされました。
幸いなことに、Beemelmanns博士の懸命な努力により合成経路の修正に成功し、2010年5月に全合成は無事達成されました。Reissig教授はBodwell教授と以前から面識があったため、投稿前の原稿をBodwell教授に送り、胸を痛めながら誤りを指摘しました。Bodwell教授は予想通り大いに落胆しましたが、自らの誤りを潔く認め、Reissig教授らの成果を称えたそうです。
Reissig教授らはその後も短工程化と収率向上を目指して改良を重ね、今年2015年には10工程で収率14%、さらに短い8工程でも収率10%の達成を報告しています。Reissig教授らの取り組みは、先週The Chemical Record誌に発表されたばかりのPersonal Accountでさらに詳しく読むことができます。