このように論文の再投稿を繰り返しても、著者本人にとっては時間の損失になるくらいで、それ以外のデメリットは特にありません。しかし、世界中の研究者が同じように行動することによって、論文の査読・出版プロセス全体に大きな負担をもたらしていることは、しばしば見落とされています。
インパクトファクターの高い有名誌で出版実績を作りたい論文著者の「高望み」が積み重なった結果、Science, Natureなどに代表されるトップジャーナルに投稿が集中しています。Scienceには年間12,000本、Natureには11,000本の論文が投稿されているというデータがあり、そのうちかなりの部分がエディターリジェクトに遭い、残りの多くも査読の結果リジェクトされているのが現実です。次のランクのジャーナルでも同じようなことが繰り返され、再投稿が行われるたびに査読者の時間と労力が二重・三重に費やされます。最近は新興国からの論文投稿が急ピッチで増えているため、査読者の負担増とともに査読の質の低下が一段と深刻な問題になっています。(参考記事)
論文投稿のガイド書などでは、論文のレベルと分野・読者層から見て最適なジャーナルを選んで投稿することを勧めていますが、著者への教育だけではこの流れを食い止めることができません。カリフォルニア大学バークレー校のポスドクShai Berlin氏は、論文の再投稿にブレーキをかけるための手立てとして paper-trail index (PTI, 論文の「足跡」指数)を考案し、EMBO(欧州分子生物学機構)の公式誌 EMBO reportsで発表しました。
- 記事を読む Berlin, S. (2015), Paper-trail index. EMBO reports, 16: 889–893. doi: 10.15252/embr.201540463 (本文を読むにはアクセス権が必要です)
Berlin氏の構想によると、PTIは各論文の再投稿回数と査読者・エディターによる評価を数値化して一つの値にまとめたもので、論文の価値を示す一つの指標として公開されます。PTIを算出するためには、論文の投稿記録と判定結果がジャーナル・出版社の枠を超えて共有されることが前提になります。
論文の再投稿を繰り返すほどPTIが下がるので、著者は高望みをやめて最初から身の丈に合ったジャーナルに投稿するようになると期待できます。再投稿が減れば、査読者の負担が減り、また投稿から出版までの日数が短縮するなど多くのメリットがあります。それだけでなく、PTIには論文をリジェクトした査読者・エディターによる評価も加味されるので、論文の価値を多角的に評価することにつながります。
リジェクトされた論文を含めて、査読結果を異なるジャーナル・出版社間で共有するというのは常識外に思えるかもしれませんが、実際には、提携を結んだジャーナル・出版社間で査読結果を共有する “peer-review transfer” と呼ばれる試みが既に始まっています。これまでのところ、peer-review transferに対しては出版日数短縮という面で肯定的な評価が多く、目立った問題は上がっていません。(参考記事1, 参考記事2)
PTIの実現に向けて最大の課題となりそうなのは、出版社の枠を超えて論文の投稿記録を追跡できるようなデータベース作りですが、Berlin氏は技術的には問題ないと考え、どこかのジャーナルや出版社が口火を切ってPTIを実験的に開始することを期待しています。このアイディアを、読者の皆さんはどう考えますか?