2013年、西アフリカのカメルーンで採取された薬用植物の根皮から合成鎮痛剤トラマドールを発見したとフランスとカメルーンの共同グループがAngewandte Chemie International Edition (ACIE)で報告しました。この発見は、合成薬が後になって天然の植物中に見つかったきわめて珍しい例として反響を呼びました。しかしその約1年後、独ドルトムント工科大のMichael Spiteller教授らのグループは、仏・カメルーンのグループが発見したトラマドールは天然物ではなく、同地で流通している合成トラマドールが農民や家畜に濫用された結果、環境汚染によって木の根から見つかったにすぎないという「人工」説を同じACIEで発表、それに対する元のグループからの再反論もあり両者の論争に発展していました。
このほどSpiteller教授らは、独自に行った放射線炭素C-14測定や数回にわたる現地調査の結果を論文にまとめ、自らの「人工」説の決定的な裏付けとして改めてACIEで報告しました。同教授らは (1) 英国のキュー植物園から入手した同じ木の種子や、そこから育てた木のどの部分からもトラマドールは発見されない (2) 種子から育てた木に、仏・カメルーンのグループが提唱する生合成経路で出発物質とされたフェニルアラニンを取り込ませても、トラマドールは全く生成しない (3) カメルーンでの現地調査では、トラマドールが根皮から発見された国立公園だけでなく、広範な周辺地域の土壌や地表水、河川から高濃度のトラマドールが見つかった ことなどを環境汚染による人工説の根拠に挙げています。
- 論文 Kusari, S., Tatsimo, S. J. N., Zühlke, S. and Spiteller, M. (2015), Synthetic Origin of Tramadol in the Environment. Angew. Chem. Int. Ed.. doi: 10.1002/anie.201508646 (本文を読むにはアクセス権が必要です)
今回の論文を含めて、この論争の経緯をブログ『たゆたえども沈まず-有機化学あれこれ-』さんが一連の記事で詳しく解説していますので、興味のある方はぜひご参照下さい。
- 環境汚染で回復の泉?な話 -続・トラマドール騒動 その②― (2015年10月20日)
- “生合成”的に”人工創薬分子”を作った?話 -続・トラマドール騒動 その①― (2015年10月17日)
- 創薬分子が天然から採れた!!と思ったら・・・な話 (2014年9月14日)
Spiteller教授らの現地調査では、乾季になるとトラマドールで汚染された川沿いにホームレスの人々が住みつき、汚染水を飲用や調理用として使っている様子が見られたそうです。トラマドールには副作用があり、時には人の生命にかかわることから、Spiteller教授らは、カメルーンや他の国でのトラマドールの濫用や環境汚染の状況について早急に調査するよう警鐘を鳴らしています。
■ 今回のSpiteller教授らの論文は、ACIEの注目論文Hot Paperに選ばれました。ACIEでは、急速な展開によって注目を集めている分野における研究で、編集委員が特に重要性を認めた論文をHot Paperとしています。
⇒ 最近Hot Paperに選ばれた論文