自然界には、生物が別の生物や無生物に姿を似せて、敵からの攻撃を避けたり逆に獲物をおびき寄せたりする「擬態」という現象が見られます。この擬態は一部の植物にも見られ、昆虫を花に引き寄せて受粉を促すといった働きを示します。
南米アンデス山中に生育するランの一種ドラキュラ・ラフレウリィは、日陰の湿った場所で育ちますが、その花は周囲に生えているキノコと形や色だけでなく匂いまで似ていることが知られています。キノコを餌とするハエ類をだまして花に呼び込み、受粉を促していると考えられますが、形・色・匂いといった花の特徴のうち、どの要素がハエを引きつけているのかは、実験が困難なため明らかになっていませんでした。
Policha氏らは、無臭のシリコーン樹脂を素材として、3Dプリンタで本物そっくりのドラキュラ・ラフレウリィの造花を作りました。この方法は、花の色や模様を変えたり、匂いをつけたり、また本物の花の部位と人工の部位とを組み合わせた「キメラ」を作ることによって、自然環境の中で実験条件を細かく操作することを可能にします。例えば、花弁を白や赤の単色、また縞模様や斑点模様といったように変化させて、ハエの集まり方を比較することができるようになりました。さまざまに条件を変えて実験を行った結果、花の中央にあってキノコのような匂いを放つ唇弁と呼ばれる部位と、その周りにある派手で目を引く卾(がく)とが相まってハエを引きつけていることが確認されました。
今回の実験は、遺伝子操作や交配のような手間暇のかかる方法を用いることなく花の特徴を操作する手法として、3Dプリントが有効であることを示しました。今後、同じ手法が他の生物学実験にも活用されることが期待されます。
- 論文 Policha, T., Davis, A., Barnadas, M., Dentinger, B. T. M., Raguso, R. A. and Roy, B. A. (2016), Disentangling visual and olfactory signals in mushroom-mimicking Dracula orchids using realistic three-dimensional printed flowers. New Phytol. doi:10.1111/nph.13855 (本文を読むにはアクセス権が必要です)
- プレスリリース 3D Printed Flowers Provide Insights on How Orchids Attract Pollinators