フッ素は化合物の形で自然界に広く存在しますが、単体のフッ素分子(F2)はガラスや白金まで侵してしまうほど酸化力が高いため、自然には単体で存在しないとされてきました。しかし、ドイツ・フランスなどで産出される蛍石の一種で、フッ化カルシウム(CaF2)を主成分とする鉱物アントゾナイト(antozonite)には、単体フッ素が含まれるのではないかという説が長年にわたってありました。アントゾナイトは割れると独特の異臭を発しますが、この異臭の正体としてフッ素のほかオゾンなどを挙げる諸説があり、また単体フッ素は元々存在しないがアントゾナイトが割れる際に放電によって発生するといった説もありました。アントゾナイトは多くの化学者の関心を集め、さまざまな形で分析が試みられてきましたが、その正体を特定する決定的な証拠はこれまで得られていませんでした。
ミュンヘン工科大学のFlorian Kraus私講師らの研究グループは、ドイツのヴェルゼンドルフで産出されたアントゾナイトの標本を、高分解能測定が可能な固体19F MAS NMR分光法を用いて分析したところ、主成分であるCaF2によるピークとは別に、425ppmの位置にF2に帰属されるピークを得ました。同グループは、この結果をF2が天然に存在することを初めて証明した確実な証拠としています。アントゾナイト1g中に含まれるF2の量は、0.46mg前後と推定されています。
この研究結果を報告する論文は、Angewandte Chemie International Editionで昨日4日にオンラインで先行公開されました。(本文を読むにはアクセス権が必要です)
⇒ Schmedt auf der Günne, J., Mangstl, M. and Kraus, F. (2012), Occurrence of Difluorine F2 in Nature—In Situ Proof and Quantification by NMR Spectroscopy. Angew. Chem. Int. Ed.. doi: 10.1002/anie.201203515
またこの論文は、同誌でVIP (Very Important Paper)に選ばれました。
⇒ VIP: Occurrence of Elemental Fluorine F2 in Nature: In Situ Proof and Quantification