分子遺伝学の進歩と並行して、新薬開発においてバイオ技術で作られるバイオ医薬品の比重が高まっています。このような傾向に対して、フランス・CNRS Laboratoire de Chimie de Coordination(錯体化学研究所)の化学者Bernard Meunier博士は、Angewandte Chemie International Editionに寄稿したエッセイで、化学合成による低分子医薬品には今後とも大きな可能性があると主張し、行政関係者らに見られる「バイオ医薬品の時代に化学合成薬はもはや重要ではない」という考えを批判しています。
Meunier博士は、エッセイの中で1950年代以降の製薬産業の動向を回顧し、米国を中心とするバイオ研究への投資とバイオ企業の興隆は民間の投資ファンドの主導による面が大きいとの考えを示します。その上で、製薬における化学の相対的な地位低下は科学的必然性によるものではなく、創薬化学に長年の伝統を持つヨーロッパはこれまでに築いたノウハウを失ってはならないと訴えます。
博士は、大衆や行政はメディアが作った「化学は健康に悪い、もう古い」というイメージに影響されているのではないかとしたうえで、高価になりがちなバイオ医薬品は有効性が最優先されるがんのような病気の治療に使われるのは当然だが、慢性疾患などにはコスト的に向いていないと指摘します。そして、各国で社会の高齢化が進む中、神経変性疾患の治療などの分野で低分子医薬品は引き続き有効なツールであることを忘れてはならず、安価な医薬品を作れる創薬化学とその関連分野には今後もチャレンジングな発見の可能性が広がっていると強調しています。
⇒ Meunier, B. (2012), Does Chemistry Have a Future in Therapeutic Innovations?. Angew. Chem. Int. Ed.. doi: 10.1002/anie.201202506 (本文を読むにはアクセス権が必要です)