化学やバイオテクノロジーなどの科学技術が食品・外食産業に応用された例は無数にありますが、近年は分子生物学などの分野から生まれた新しい種類の技術が利用されるようになっています。そういった中から代表的な動きをEMBO(欧州分子生物学機構)の EMBO reports誌が取り上げ、それぞれの長短所や賛否の意見とともにニュース記事で解説しています。
- 記事を読む Wolinsky, H. and Husted, K. (2015), Science for food. EMBO reports. doi: 10.15252/embr.201540128 (本文を読むにはアクセス権が必要です)
- 紹介記事 Lab-Grown Meat (February 18, 2015, Chemistry Views)
最初に紹介されているのは、タンパク質どうしを結合する働きをもつタンパク質架橋化酵素トランスグルタミターゼです。この酵素は”meat glue”(肉の接着剤)とも呼ばれ、肉の小片や、魚介の身を含む異なる種類の肉をつないで自在に成形することができます。以前に食品偽装で問題になった「成形肉」のように、安い部位の肉を接着して高級肉に見せるための使い方もありますが、肉どうしのつなぎ目がより自然で、また大豆由来などの結着材を使った成形肉と違ってグルテンアレルギーを起こす心配がないという違いがあります。それだけでなく、高級店の先進的なシェフが、肉の種類や部位の組み合わせを工夫して、これまでになかった味や食感・色合いを生み出すためにトランスグルミターゼを積極的に使う例も増えています。
また、タピオカ澱粉を加水分解して得られる粉末タピオカマルトデキストリンは、さまざまな油脂を吸収してベタつかないパウダー状にすることができます。これを使うとオリーブオイル、トリュフオイル、溶かしたチョコレートなどから粉末が簡単に作れ、料理の見栄えをよくするだけでなく油脂の風味を際立たせる効果があるそうです。
一方、カリフォルニア大学デービス校のLinda Bisson教授は、ワインの発酵中に硫化水素の発生を抑える新しい酵母を開発しました。ワイン醸造に用いられる酵母は、発酵中にしばしば硫化水素を生成し、せっかくのワインを腐った卵のような臭いで台無しにしてしまうことがあります。Bisson教授は、イタリアのあるブドウ農園で使われる酵母が硫化水素を作らない性質をもつことを発見し、その性質の元になる遺伝子を特定するとともに、交配による改良によって硫化水素を作らない新種の酵母を開発しました。遺伝子組換え技術の使用も考えられましたが、特に高級ワインでは遺伝子組換えに対する消費者の抵抗が強いため、Bisson教授はあえて伝統的な交配による方法を採用しました。
そして最後に紹介されているのが、オランダ・マーストリヒト大学の研究室が開発した「人造肉ハンバーガー」です。これについては当ブログの過去記事でも取り上げましたが、実験室で牛の幹細胞を培養して作った筋繊維を成形してハンバーガーにしたもので、作成費用に33万ドルを要した「世界一高価なハンバーガー」としてニュースになりました。開発にあたった研究グループは、単なる話題作りが狙いではなく、畜産による食肉生産が多大な資源・エネルギーを要し温室効果ガスの発生につながることを憂慮し、その代替をめざしています。さらに、3Dプリンタを使って肉を「印刷する」ことも視野に入れているそうです。